5回目レポ★自己成長と自己変容のタロット「フールズ・ジャーニー」としてのタロット2026/2/24オンライン

1回目「愚者」「マジシャン」2回目「女司祭」「女帝」3回目「皇帝」「司祭」4回目「恋人」「戦車」

5回目は「正義」「隠者」と「運命の車輪」の前振り。質問を入れて録画時間1時間3分です。

タロットの物語「フールズ・ジャーニー(愚者の旅)」も、いよいよ中盤。 前回、「戦車」に乗り込み、エデン(楽園)を飛び出した私たちを待つものは?

■ 正義

「〜さんのお嬢ちゃん」「〜さんの奥さん」でなく、自立して自分が何者か示そうとしたらまぁ職業をいうのが普通ですかね。

カメラマン、医者、消防士、みたいなわかりやすいのでなければ、何をやってるかじゃなくて会社名を言ったりするのかな。所属先がある=社会の中に居場所があるってこと。自立には必要なこと。

ただ、そこにいるためには合わせなきゃならない。社風に合うか、お給料と働きが釣り合ってるか、雇う側も雇われる側も天秤にかけている。

釣り合わなくても目を瞑って生きていける人もいる。社会用の仮面と自分の実態が乖離してても、我慢強いのかあきらめてるのか、そのまま続けていけるのが大人なのかな。

表向きはうまくやれてても、不満は燻ってるのかも。自由気ままに生きてる人をみてイラっとするなら、意識下に押し込んでた不満が表に出てきたってことでは?

社会の規範に合わせない人に正義の剣が振り下ろされるケースは枚挙にいとまがないですね。人に迷惑かけないのも大事、でも逸脱が許されないのも息苦しい。

同調圧力が強いところで「社会の方がおかしいんじゃないの?」と言ったら変人扱いでしょうけれど、社会に適応しないまま生きる道を探し始めるのがフールズ・ジャーニー愚者の旅。

■ 隠者

世のアドバイザーの多くは、「正義」の状態、社会に適応できる状態に戻そうとするし、友だちだって「そんなこと考えないほうがいいよ」というでしょう。

だけども、「隠者」になってしまったら、もう戻れません。

お話聞いてて、私は自分の過去が思い出され、心がザワザワしました。

伊泉先生と同じく、私も友だちに居留守を使ってたんですよね。小学生の頃は本を読みたくて。中学高校になると長電話に時間を取られるの嫌で。代わりに何してたかって絵を描いたり文を書いたり、空想世界へ現実逃避してるだけで

「なんのために生きてるの?」「こんな私に意味ない、虚しい」こんなことを考え続けては死にたくなってた暗い子でした。進学時も何になりたいかわからないで浪人、大学に入っても放浪の旅に出てしまう。

「正義」の観点からしたら全部ダメなことをやってきた。だけどズレまくってたおかげで、誰もが羨む成功をしたいとか、みんなと同じことができてない悩みはなくこれたのかも。

暗闇で小さなランタンを掲げ、たった一人でいる「隠者」が、孤独なトンネルを抜けて「運命の輪」を回すことができるのか?後半のカードはユングが中年期と言ったように今こそ学ぶべきとこかなぁ。

今思うと、私の場合は「司祭」や「正義」からやり直さないといけない気もするけれど。(長々と陰気な自分語りですいません)

■ 次回は3/24、「運命の輪」から

タロットが描く「人間成長の物語」、内面に向かった先に何が待っているのか。 愚者の旅は続きます。ご一緒できる方、またお待ちしてますね。

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「フールズ・ジャーニー(愚者の旅)」というコンセプトを基に大アルカナ22枚を番号順に発達心理学風に解説。月一回ずつのオンライン講座です。

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