ハイデガーと生命の木

大アルカナと共に学ぶ「生命の木」のパス24とタロット「死」の回で、ドイツの哲学者ハイデガーの話がありました。「ハイデガーはこのパスのテーマ、死を前にしたときの人間の態度を論じている」

昨日のEテレ100分de名著がちょうどそのところで、生命の木のパスを行き来するような内容でした。

ハイデガー“存在と時間” (3)「“本来性”を取り戻す」 - 100分de名著
「世間」において人間は誰でもない誰かとして生きている。すなわち、それは他者と交換可能であることを意味する。しかし「死」だけは交換可能ではないとハイデガーはいう。 私は、誰かの代わりに死ぬことはできない。「死」は、それぞれがかけがえのない個人であることを思い知らせる。このように自分の死の可能性を引き受けながら生きること...

ふだんは死を考えない。まだ先だと思ってる。でもほんとはいつやってくるかわからない。天災、事故、病気…考えたくないですけど、

馬に乗った死がやってくるのは今日かもしれないと思ったら、生き方が変わるのでは?

やりたくないことでも仕方ないからやってきた、でももう残り時間がないなら?そんなことしてる場合じゃないって思うでしょう。別の生き方もあるんじゃないか。

「隠者」のパスの「拳」に握られたまま開花してない、今まで一度も実現されてない自分の可能性を考えよう。

隠者」のパス20では、過去にした行為について「あのとき別の選択もできたのにあぁしてしまった」、これを忘れないでいたら、次は違う選択ができる、違う自分になれる、というお話でした。

「あのときは仕方がなかった」と言い訳させないのが「良心の呼び声」(ハイデガー)だそうですよ。

困っている人がいたのに素通りしてしまった、あとで「なんで素通りしちゃったんだろう。助けてあげることもできたのに」と自分を咎める感じ、これを自分の生き方にも向けると「私には別の生き方もできたはず」と気づかされる、と。

別の可能性もあったけどそうしちゃった自分を引き受ける。

「力」のカードの、私には弱いところがあると受け入れる強さ。根性なしだったと認めたら次は違う行動をとれるから。「これからどうありたいか」未来に向けて過去を引き受けようとハイデガーは言ってます。

それを促す「良心の呼び声」は、自分の内からのもの、私が私に呼びかけるものだとか。「自分の心に聞いてみなさい」司祭のカードみたいですね。

「司祭」のパス19では「杭」で打ち付けられてる固有性に目を向けました。変えられない固有の条件がある上で、どう生きるかを選びとる。

ハイデガーが言う「自分の人生を自分の人生として引き受ける」、「何かのせいにしないで自分で責任を持つ」、「何が正解かわからない不安に耐えながら自分自身の生き方を描き出していく」、生命の木をたどるようだと思いました。

NHKのテキスト(600円)

タロットの大アルカナと共に学ぶ「生命の木」

【第1弾】マルクトからヴェールを抜けるまで

パス32/タロット「世界」〜パス24/タロット「死」まで
https://thelema-s.com/online210602.html

【第2弾】ヴェールの上から深淵の下まで

パス23/タロット「吊るされた男」〜パス19/タロット「力」まで
https://thelema-s.com/online211006.html

【第3弾】深淵の上まで

パス18/タロット「戦車」〜パス11/タロット「愚者」まで
https://thelema-s.com/online211215.html

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