【第3弾】1回目パス18「戦車」、2回目パス17「恋人たち」
これまで「客観的な真実はない」「絶対的なものはない」「これが正しいはない」と聴いてきて、ともすると「何でもありなの?」と勘違いしそうなところ、「いやいや、そうじゃないよ」と初めて”倫理”が登場するのが今回のパス16。
「司祭」は「良心」のカード

良心とは?
この絵だと、宗教者に教わる「これがいいこと/悪いこと」を信じてやりなさいってこと?違うんですね、心のうちから湧いてくるもの。
「自分の心に聞いてみなさい」「悪いなと思ったらやめろ」
お話を聞いてて浮かんだのは”良心的兵役拒否”。昔仲良くしてたスイスの人が拒否してたんですが、兵役を拒むのは罪であり、社会的制裁も受けるようでした。「それでも銃を撃ちたくない。自分にはできない」と言ってたことを思い出しました。
それをしたら損か得かじゃないんですね。天秤にかける、法に従う「正義」とは違うとこにあるのが「良心」かな。
目の前で誰かが倒れていたら手を差しのべてしまう、この人はいい人だから助けるとか見返りとか考えない、意味や理由をふっとばす力に動かされる。
この木は”生命”の木。生命が奪われるのは見過ごせない。これも”私に先立ってある”ものでしょうか。

深淵を渡るパスの一つとして、このパス16で”私に先立ってある”ものは、初期条件、変えられないものがあるということ。
いつどこでどんなふうに生まれてくるか、誰も選べません。裕福な国に生まれるか、紛争地域に生まれるかでは雲泥の差。どんな環境でも努力すればいいっていう人がいるけど、じゃあ遺伝子レベルで決まっていることはどうなる?自分でどうにも変えられないものはありますよね。
自分で選んでない、変えられないからこそ、もし自分が恵まれていたら、そうじゃない人に負い目を感じる、それが良心の起源だとか。
たまたまこう生まれただけで、もしかしたら自分があぁだったかもしれない、そう思ったら相互扶助の気持ちが芽生えてくるか。
でも定められたものがある、というと可能性より制限みたい。このパスは4ケセド(木星:可能性)の側なのに?
特定の条件あるから可能性があるんだそうです。他の誰でもない私だけの固有性をどういかすか?変えられないことを嘆くより、その条件のもとでどう生きるかに向かうべし。
同じセフィラー4ケセドから下にいくとパス20「隠者」。ここは「私にはまだまだ可能性がある」「今と違う自分になれる」てパスでした。あらかじめ決まってないのだから、スフィンクスの謎に答えを見つけようとせずに、生命力を自由に動かせるといいんでしょうね。
さて次回はパス15「皇帝」、前もってちょっとお話いただきました。ここは、私たちを動かす前提となっている力。生命の力。ダイナミックなイメージじゃないですか?2/9をお楽しみに。
個人的には、木の右側の上のほうのパスはスピノザっぽい気がしています。記憶があやしいから、もう一回読み直してみよう
タロットの大アルカナと共に学ぶ「生命の木」
【第3弾】深淵の上まで
【第3弾】はパス18〜11,タロット「戦車」から「愚者」です。
講師:伊泉龍一先生
次回2/9、以降2/23, 3/9, 3/23(もう一回あるかもです)
20時〜21時(1回1時間)
受講料1回¥3,000
お申込みはこちら
終わった回も録画受講できます
- 1回目:パス18/タロット戦車
- 2回目:パス17/タロット恋人たち
- 3回目:パス16/タロット司祭
【第一弾】マルクトからヴェールを抜けるまで
パス32〜24、タロット「世界」〜「死」
【第2弾】ヴェールの上から深淵の下まで
パス23〜19、タロット「吊るされた男」〜「力」
参考図書
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