伊泉龍一先生の【札幌】生命の木講座
生命の木を3つのブロックにわけて、それぞれ8時間ずつ、木の下から上へ解説されています。
10月は、セフィラー8,7,6,5,4の間のパス26〜20と対応するタロット(悪魔、節制、死、吊るされた男、正義、運命の車輪、隠者)

1回目はパス3本
- 8と6を結ぶパス26(悪魔)
- 9と6を結ぶパス25(節制)
- 7と6を結ぶパス24(死)
8月のレベル1は木の下のほう(パス32〜27まで)、「ヴェールの下」と呼ばれる部分でした。
今回はその上へ。待ちの姿勢、受け身の生き方から脱していくところ。だけれども、ヴェールを抜けようとして引っかかってしまう罠がある。

『生命の木―ゴールデン・ドーンの伝統の中のカバラ』
ジョン・マイケル・グリア (著), 伊泉 龍一 (翻訳)
伊泉先生が翻訳された本の著者グリアさんは、パス26「悪魔」パス24「死」を”危険なパス”と呼んでます。

パス26「悪魔」のカードには囚われた人がいる。何に囚われるのか?
ある意見を絶対化する、権威に囚われる。
一つ前の「塔」のように思いもよらないことが起きるのは不安、絶対的なもの、安心を求めて「悪魔」にひっかけられてしまう。
「これが絶対」と信じこめるのは宗教的で、理性ではなく神秘体験から超越、悟りを求めた人たちの話は↓の翻訳書にもありますが

『ハーバード・サイケデリック・クラブ―ティモシー・リアリー、ラム・ダス、ヒューストン・スミス、アンドルー・ワイルは、いかにして50年代に終止符を打ち、新たな時代を先導したのか? 』
ドン・ラティン (著), 伊泉 龍一 (翻訳)
「自分だけは”真実”に気づいている。みんなはわかってない」と謎の上から目線になるのも「悪魔」のムーヴ(このパスのヘブライ文字は「目」)。
次の「節制」には翼がある。翼をもって人より上にあがった気になると「みんなわかってない」「目覚めて」と布教に入る。これも9の「夢」に夢中になっている状態。

ほんとにヴェールを抜けてたら「自分がやってることを見る私」がいる。すると気づくはず、他の人とは違う「個」をもった気になってても、同じ「夢」を見てる人は服装も言動も似たり寄ったり、個性なんかないって。
紋切り型の「夢」じゃなく、私個人の夢、個の確立を目指すのが6にあがること。じゃあ何をしたものか?わからないから、すぐに答えをくれる集団に入っちゃうのか。考えなくていいから。
「もう考えたくない」場合の別パターンは、楽しいことだけに全力を注ぐもの。現実にはいろいろあるけど、なるべく見ない、考えない。
これはピーターパン症候群?大人になっても精神的には子どものまま、社会の問題に無関心、自分の人生にも責任を負わず、現実逃避を続ける。

誰の元にも「死」はやってくる。でも今はそれを忘れさせてくれるものに事欠かない。生きてるうちに何者かになろうと頑張らなくても、時間を埋め尽くす楽しみがいっぱいある。それでしあわせならいいじゃない?と心底思える人は、生命の木を学ぶ必要ないかもしれないけど、、
「まわりのみんながそうしてるから、自分もこうする」というあり方ではいられない、自分なりに何かをやらないと生きてる気がしない、という人は7にとどまることもできないですよね。
翌日の2回目に続きます。



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