國分功一郎先生の哲学講義

昨日は朝カルオンラインで、國分功一郎先生の哲学講義をうけました。

哲学を学ぶとは?

どの哲学者がどう言ったか知るのは「哲学史」の勉強で(それも必要だけど)、大事なのは、概念をうまく扱うすべを身につけていくこと。武道のようなものだって。

伊泉先生が前におっしゃってたタロット道とも近いのかな。タロットもキーワードの暗記だけじゃ無理で、概念をうまく扱えるようになったとき、自分の言葉で語れるんじゃないですかね。

さて今回の講座では、意志と責任をテーマに、人の行為について考えました。

お昼に蕎麦を食べました。選んだのは自分、だけどまずそこに蕎麦屋があって、作ってくれる人がいなきゃいけない。蕎麦が食べたいと思ったのも、もともと蕎麦が好きだったから。それは蕎麦を好きになった過去があったから…

行為の因果関係はどこまでも遡れるんですね。「世界」のカードみたい。

こういう考えは仏教や古代インド哲学にもたどっていけるとのこと。

カルマって単に行為(action)という意味なんですってね。でも独特なのは、”一連の流れの中で”捉えられる行為だということ。現世で人が何かをするとき、必ず先立つものがある、にもかかわらず、人がその行為を引き受けなきゃならない。

そうやって因果関係を遡ると、純粋に自発的な個人の意志ってありえなくなりますね。でも宿命論の中であやつり人形のように生きてるのでもない。私たちは蕎麦を食べると自分で選べたりもします。神さま的な運命みたいなのと自分で意識しての選択と、両方。

意識consciousnessっていう言葉の成立過程や、フランス語だと意識と良心が同じ単語だというのも興味深かったです。意識して何かするとき良心も働いている?

いろんな概念が取り上げられた90分、聴きながら考えて、終わってからも考えて、それでもまだ何も言語化できないですが、考え続けたくなる問いを投げられるのが哲学のおもしろいとこですね。

この本が出た年には、直接お話が聴けました。また名古屋にも来ていただけたらな。

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