しばらく前、「100分de名著しか見てないの?」て聞かれて笑うしかなかった。だけってことはないけど、テレビは実際Eテレくらいしか見てないな、はは。
今月の名著は「ウェイリー版・源氏物語」でまた見ちゃった笑。

この源氏物語は、100年前にイギリス人アーサー・ウェイリーが英訳したのを、2017年にもう一回日本語に訳し戻しされたもの。
それがすごく読みやすいの。

テレビ見て、なぜ読みやすいのかわかりました。一回英語にされたことで主語がはっきりした、余分な敬語がなくなった。だから、古文をただ現代語訳したのよりもすっきりしてるんだ。
言葉のチョイスもおもしろいんですよ。祈祷師→エクソシスト、物怪→エイリアン。フォーチュンテラーもでてきたり。
もうひとつテレビ見てわかったこと。光源氏を普通の人間としてみたらどうしようもない遊び人と思ってしまうけど、違うのね。彼は光り輝く特別なパワーある存在、誰もがお近づきになりたい、なれれば光栄だったのでした。ひょっとして古代ギリシャのゼウス神みたいな?浮気ばっかりしてたのはゼウスだけのせいじゃなく、大神とつながりたい人々のニーズもあったから(うろおぼえだけど)。
と思うと、シャイニング・プリンスへの見方が変わりました。

もうひとつ、『哲学の問い』という本を買ったらオンライントークショーがついてて、これも個人的におもしろかったです。
(トークの冒頭部分が文字で公開されてます↓)

著者の青山拓央氏は、初めから哲学を志してたんじゃなかったようです。大学時代、真面目に授業に出ずに成績が悪かったから、人気のない哲学科に進級することになった、ところがそこの研究室に転がってた本を読んでみたらおおっとなり、さらに有名哲学者がその哲学科に着任してきて…「たまたま」が重なったみたい。
親近感が湧きました。私も第一志望に落ちて哲学科に行ったんです。嫌々じゃないけど、すごく学びたいほどでもなく。内部進学の子は「成績が悪くて他の学部に行けなかった」と言ってたのも思い出す。でも意外と楽しかったのはある先生の話がおもしろかったからです。
その先生の著書に『偶然のチカラ』というのがあるのですけど

そのときはただ「たまたま偶然」でも、あとで振り返れば運命みたいに思えたりもしますよね(タロットの「世界」のカードのような)。
なんとなく出会った哲学を好きになり、今も興味が続いてるのは、そんな感じかもな。というより「たまたま偶然」に運ばれてやってることのほうが私は多いかも。じゃあ何も自分で選んでない?
自由意志はあるのか?

回想から脱線しましたが、この本↓は「問いを育て、思考をひらく」、自分で考えてみるきっかけをくれます。

「誰もがマスクをつけている生活は、恋愛について何を教えてくれるか」
「どんな信号が届いたら、それを宇宙人からのメッセージだと思うか」
「犯罪者は、非難の対象ではなく治療の対象として扱われるべきか」など
考えながら読んでて進まないのもあるけど、なにより、自由時間に文字を読む気力がない今。日中の疲れで夜はぼーっとスマホみるくらいしかできないや。





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