「やりたいこと」を聞かれても。

知り合いのご子息がお医者さんになって頑張ってる話を聞きました。小さい頃しか知らないから、白衣の姿を想像しようとしても顔が子どものままだ。

その子の母である知り合いは、お子さんたちが2歳かそこらから教育に時間と労力を全振りしてました。士業の免許をもってるのに仕事はしないで、仕事レベルで子育てしてたんです。物理的・精神的なケア、情報収集と取捨選択で諸々の受験をクリアし、その結果、お子さんたちが好調に巣立っていったら、大仕事を終えたようなものかな。仕事も始めたと聞きました。

この人の場合はお子さんの適性を見極めての導きだったと思うけれど、親が子どもの人生をデザインする、レールを敷いてしまうのってどうなんだろうと思うことはある。

世間の基準に当てはめてとか親の理想を押し付けて、そのとおりできないと親子共々悩むというケースはある。かといって「あなたの自由に選んでいいんだよ」と言われてもまた困る子もいるか。何をやりたいかなんて本人だってわからない子のが多いと思うから。

なのに「将来何になりたい?」「あなたの夢は?」と聞かれるから、それらしい答えを用意しなきゃいけない。親に受け入れられやすいお決まりのストーリーを語るなら、結局大人が用意したものの中から選ばせているだけともいえる。

大人の意向をくんで「これがやりたい」としたそれを、いつのまにか「自分のやりたいこと」にしてしまうってあるんじゃない? ”自分がいいなとか好きだと感じているものは実は自分で選んでない”、生命の木のヴェールの下を思います。

その夢でいいの?

自分で自分を見る視点セフィラー6にたったとき「なんか違う」と思ったら?自分らしい輝きとは?(セフィラー6は占星術の太陽)

下の本の著者谷川さんは「何か」と出会うことで目覚めるといいます。

やりたいことがわからないなら、外部から多様な刺激を入れること。自分の好みを超えて、いろんな異物を取り入れて、心を揺さぶるのが必要だそうです。

スポーツでも勉強でもゴールが決まってるなら、寄り道しないよう余計な外部刺激をシャットアウトするほうがいい。全寮制でゲーム・スマホ禁止にするとか。一直線のレールをいくのが最短距離。

そのゴールが自分向けじゃないならレールの上を走っててもしょうがないよね。「太陽」カードの馬に行き先を任せて、想定外のものに出会っていく、ノイズを入れてくときに可能性が開かれていく。

本の帯に『チ。』の1シーンが載ってます。地動説に命をかけた彼らの突き動かされ方は、生命の木では深淵を超えるエリア「司祭」とか「皇帝」のパスっぽく思います。「やりたい」というより、気づけば「やってしまってる」

そこまでのものに出会える人はどれくらいいるかわからないけど、未来ある子どもたちは見つけてほしいな、自分なりの没頭できる何かを。

など書きながら、生命の木講座は子育て中の方にもヒントがあるかもと思いました。


弊社の子ども用の教室が一周年を迎えました。

現場の先生たち、助けてくれてる皆さんのおかげで、子どもたちが元気に通ってくれてます。

【児童発達支援・放課後等デイサービス】ココノハーツ名古屋瑞穂教室「瑞穂運動場西」駅1分
名古屋市瑞穂区地下鉄「瑞穂運動場西」駅1分にある児童発達支援&放課後等デイサービス〈ココノハーツ名古屋瑞穂教室〉です。発達に課題をもつ児童が通所して日常生活の基本動作や集団生活に適応できるよう支援するための施設。

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