伊泉先生の生命の木講座

木を3つのブロックにわけて、それぞれ8時間ずつ、木の「下から上へ」解説されています。

12月は最終章、生命の木の上のエリア。1回目はこんな感じでした。
- 5と4より下の復習 約30分
- パス19(力)約40分
- 休憩20分
- パス18(戦車)約35分
- パス17(恋人たち)約1時間
- 休憩15分
- パス16(司祭)約45分
ホリデーシーズン12月、「イベント多くて楽しい」って人もいれば「今年も終わっちゃう」て寂しいような気持ちになる人もいますよね。
どうも盛り上がれない気分は同じでも、「みんなと同じようなクリスマスを過ごせないから」というのと「何もせずに一年終わっちゃう」と焦るようなのでは、意識が違う。
後者は「自分次第でこの一年を変えられたのにできなかった」から「はぁぁ…」てなってるんですよね。なんでできなかったのか?
何かやりかけたけども、強敵「めんどくさい」に易々と降参したからか

特にやりたいことが見つからなかったか。
ただ「何かないかな?」と探してても見つからないですわね。日々何かやってるうちに「これ」というものが出てきたときに初めてモチベーションが湧くのかも。
自分独自のやりたいことをするのだから、他人と比べて「まだまだだな」と落ち込む必要はないけれど、今の自分に足りないリソースには気づかされる。そこで諦めては「戦車」じゃない。
今までの自分とは違う領域へ、前だけ向いて進む!

個別の事情、制限の中で何かやるには孤独もありますね。人にわかってはもらえない。
でも「人は分かり合えないのが当たり前」なら?

分離と自立を促されたアダムとイヴ。バラバラになったから愛を学べたのですかね。
私じゃない他者を思って何かするのが愛。好き嫌いと関係なく、許すことができるのが愛。
ならば、愛を語りながら残酷になるのはなぜなのか?愛の名の下に行われる戦争ってなに?
愛なんてまやかし?平和、自由、平等をうたうのは偽善?いや、現実には実現できなさそうな理念がそれでも必要な理由を、生命の木の右側を使って解説していただきました。

セフィラー2で「信じる」ことの大切さ。損得勘定じゃない「信じる」こと。
翌日の2回目に続きます。



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