孤独と寂しさの違い

先日の生命の木パス17「恋人たち」回で「切り離されている孤独があるから誰かを求める」と聴いて思い出したこと。

ドイツの哲学者ハンナ・アレントによる孤独(ソリチュード)と寂しさ(ロンリネス)の違い

孤独:私が私自身と一緒にいられること。孤独の中で私は私自身と対話する。

寂しさ:私自身と一緒にいることに耐えられないために、他の人を探しに行ってしまう状態。

國分先生が下の本で紹介されてたのですが

言われてみれば、うむ、一人でいたら必ず寂しいわけじゃないですね。

でも今の世の中では孤独な経験がなくなってるから、すぐに寂しさを感じてしまうのだとか。孤独な経験って?

孤独はズレているときに起こるんです。世の中からズレているとき、なぜ自分が考えていることと感じていることを周りの人はわからないんだろう、と思う。それはまさしく自分自身と対話するということです。

國分功一郎・千葉雅也「言語が消滅する前に」p.93.

「恋人たち」のパスでも、人は一人ひとり違う、だから自分が好きなものをみんなが好きとは限らないとか、わかりあえないことあるよねって話がありました。

他の人と違う私の固有性。「孤独」がそれに気づかせてくれるとしたら、必要な経験なのだけど…

今は「孤独」になりにくいかもしれないですね。なるべく周りとノリを合わせて、ズレを見せないほうが良さそうですもん。

でも「寂しさ」からくっついてくより、「孤独」からわかりあおうとするほうがいい関係になれるのでは?

生命の木講座では、このパスには「コミュニケーション」も含まれてました。通じあってないから伝えようとする、言葉が必要。

この本の全体を流れるテーマも言語です。

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