カバラの生命の木と似てる気がするスピノザ

生命の木。上から下へ降りていく方向と、下から上へ上がっていく方向があります。

『シークレット・オブ・ザ・タロット』p.3.より

上から下へは創造の道、いちばん上のケテル(絶対的な単一性)から始まり、この世界(マルクト)がどうできていったか。第一動因が一定の性質と形をとって発生するのが個物。

下から上へは囚われからの解放の道、今こういう状況になってるのはなぜか、結果から原因をたどるほうが現代人にはなじみがあるかも。現実を分析したり自分の欲望を意識化していく。でも人間の知性には限界がある。深淵の上の3つは言葉で表せない。体験することでしかわからない。

人の意識は行為に影響を与えられるけど万能じゃない。意識の前に快/不快がある、身体を統制できないし、習慣や無意識を意識できない。精神だけじゃなくて身体にも制限がある。身体には動かせる範囲があるし寿命もあるし。完全な自由はないけど、与えられた条件のもとで、いかに自分の力をうまく発揮していくか。

これと似たようなことを書いてる17世紀の哲学者がいるんですよ、スピノザという人。アムステルダム生まれのユダヤ人で、7歳からユダヤ教の学校でヘブライ語と聖書を教え込まれ、将来はラビにと期待されていたといいます。ところが23歳で破門され哲学へ。そんな中で、ひょっとして異端のカバラにも触れてた可能性は?!と妄想が広がりました。

それはともかく、スピノザ哲学をもうちょっとわかりたくて、読書会に参加してみました。

読書会の参加条件は読了してること。著者:國分先生のレクチャーが聞きたい一心で、むずかしい概念につまづきながらも、頑張って読んでよかった!

意識ってなんなのか。昔は動物と、今ならAIとの区別としても語られたりするけど、人間らしいあり方とは。本では語られてないことも聞けました。

いろいろ例をあげて説明してもらったおかげで、ぼんやりしてたとこの霧が少し薄まり。本を読んでおいて講義を聞く、終わってからまた該当箇所を読む、このコンボでもうちょっと進められそう。

あとレクチャーの中で「スピノザの哲学は、キリスト教神秘主義の個人の救済と似ているかも。神学は一般的な教義だが、神秘主義は個別にその人がどうやって救済を得るかを考えるから」ときいて、マジカルカバラと似てると感じたのも、そうぶっ飛んだ話じゃないのでは?!と思ったりもして。

トークをご一緒したグループに、アムステルダム在住の人がいたのも面白い偶然。現地ではスピノザの銅像があるんですって。

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