YouTube伊泉龍一【スピリチュアル】を考える2回目は1960年代のスピリチュアリティの話

次回予告「チャネリングの原点」を後に回して違う話になりました。というのも、このシリーズ1回目にいただいたコメントに共感されたから!

これです↓書いてくださった方、ありがとうございます

質量保存則を義務教育で学んだせいかスピリチュアリズムは受け入れ難い。しかし、核や宇宙を引き合いに出さなくても身近なところで質量保存則が破綻している場面も経験している。例えば、会社帰りに見る夕日とナイルに沈む夕日は違うし、同じセンテンスであっても尊敬し愛する人から伝えられた言葉は質量が異なる。でも結局、スピ的なものってアメリカ的セールス文化にしか着地していないことがシラけてしまい、ずっとアンチでした。この考えを覆されるようなお話を期待しています! また楽しみが増えて嬉しいでーす!

質量保存の法則、習いましたねぇ。ふむふむ、それで?動画でごらんください

心身二元論:心/精神と身体/肉体は別々のもの、切り分けて考えるという立場。

物理的実体(肉体)と関係なく、精神、意識、霊魂があるとするならば?肉体が滅びても霊魂は存在するって考えてもOKになる?でもそれなら、魂・心・精神は人間じゃないものにも宿れるの?機械にだって魂を入れられる?わからない。。。

3月に出版される伊泉先生の本では、質量保存則とスピリチュアルの問題点の19世紀当時の論争も読めるということ。本が出るのが先か、動画での解説が先になるかわかりませんが、待っててくださいね。

コメントの中でもう一つ伊泉先生が共感されたという点は

スピ的なものってアメリカ的セールス文化にしか着地していないことがシラけてしまい、ずっとアンチでした

今の日本でも見かけますよね。お金ギラギラのスピリチュアル。リアルの教室を開催してると、隣の部屋でそういうのやってるときがあります。「無料でいいから聞いてみませんか?」と誘われさえします。セミナー名から調べたら、受けるのに数十万円とってたりして。すご。

こういうの見聞きすると、スピリチュアリティってなんなんだろう?って思っちゃいません?私がウハウハするためにやるものなの?

ボロ儲けに違和感がある人は伊泉先生のこの翻訳書もおもしろいかも。

至福を追い求めて―60年代のスピリチュアルな理想が 現代の私たちの生き方をいかに形作っているか』 ドン・ラティン (著), 伊泉龍一 (翻訳)

もう一冊の60年代本、カウンターカルチャーのほうでは、アンチ市場主義から政治運動もした、武力闘争にまで至った、なども読めます。

60sカウンターカルチャー セックス・ドラッグ・ロックンロール』 ロバート・C・コトレル (著), 伊泉 龍一 (翻訳)

↑の本の表紙、左下に載ってるティモシー・リアリーたちがやろうとしたこともお話ありました。自ら体験して覚醒する。「LSDを使って」だったのはもちろん悪い影響もあったけど、それまでの「教会で説教を聞いて、ただ信じ、教えられた良き生き方をする」からの転換になったとみたら?個々の人がオルタナティブな生き方を見出してくきっかけになったのでは?

彼らがやろうとしたこと、くわしくは↓の本でどうぞ

ハーバード・サイケデリック・クラブ―ティモシー・リアリー、ラム・ダス、ヒューストン・スミス、アンドルー・ワイルは、いかにして50年代に終止符を打ち、新たな時代を先導したのか? 』 ドン・ラティン (著), 伊泉 龍一 (翻訳)

個人が体験することで目覚める。体験で覚醒するのが、19世紀半ばのスピ体験と共通するということ(ドラッグは使ってなかったけど)。チャネリングもそこから始まるんですね。

次回はどんなお話になるかわかりませんが、ちょっとずつ進んでくと思います。気長におつきあいください。

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