「私に〇〇がやってきてとどまっている」

外国語っておもしろいなと思うんです。ヒンディー語だと「風邪を引いた」は「私に風邪がやって来てとどまっている」というのだとか。言われてみればなるほど、風邪はどっかからやってきたってニュアンス、しっくりくる。

恋愛感情も「私にあなたへの愛がやって来てとどまっている」と表現される。これだと、相手を分析して「これこれこういうところが好きだから」“I love you”なのとは違いますね。

愛がどっかから飛んでくる感じは、ギリシャ神話のクピドの矢を思いました。

クピドに金の矢をうたれるとある人を好きになってしまう。鉛の矢ならその人を拒絶する。

恋に落ちるのも、どれだけ努力しても好きになれないのも、いたずらな神様の仕業。自分ではどうしようもない。そんな神話をもつ古代ギリシャには「意志」の概念はなかったそうです。

ヒンドゥー語でも、自分の意志や力でコントロールできない感情や現象などの場合に、「私に〇〇がやってくる」とか「私に〇〇が宿っている」という言い回しになるみたい。

先日の「占いにでたときの星のカード」で「こだわりや執着は自分で意識して流せるものじゃない」という話がありました。やってきた感情が私の中にまだ「とどまってる」うちは自分ではなんともできないんでしょうねぇ。

「私は手放すぞ!」でもなく、「手放させられる」のでもなく、なんか知らんけど「手放された」ってなるのが自然のプロセスなのかな。

能動でも受動でもない中動態っていうのが私はおもしろいと思うんです。ご興味あれば私の好きな國分先生の話きいてみてください。下の動画は10分くらい。

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