Vanitas

金曜の講座では、冥王星にあてられたのか、陰気な話をしてしまった。

「生産性のない一日を過ごしてしまったなぁと寝る前になんとも言えない気持ちになる」って話が出て、あぁ私もって思ったんですよ。

そんなこと考えもしないという方があるのもわかります。お勤めや育児や介護などでお忙しくお過ごしなら、そりゃそうですよね。

余計なことを考えて鬱々としてしまうのは、つまり暇なのか?

意味あることは何もしてない私でも雑務はあります。身の回りのこととか、家業の仕事とか、なんやかんや用事に追われて忙しい一日だったとしても、やっぱり思うんですよ。

暇じゃないけど退屈だ。

そこで気晴らし―金星的な刺激を求めてみたところで、ただただ消費するだけ。何も残らない。

いったい何のために生きているのか?たまにふっとよぎる瞬間に、虚しさが押し寄せてきちゃう。

昔よく絵にも描かれたヴァニタス、人生の無意味さ、空虚さ

Vanitas, by Pieter Claesz, 1630. Mauritzhuis, The Hague

生命の木の6ティファレトにぽつんといる感じ、虚無主義になる。あるいはパス24「死」のヘブライ文字「魚」みたいに冷たく生きてる。

これが何らかの星のトランジットか、季節性の気分障害なら、時が過ぎるのを待てばいいんだけれど。物心ついたときからこうだからなぁ。長年にわたる傾向は、地下世界に降りて無意識と向き合わなきゃいけないのか?ハデスの領域へ…

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