まとまりのない話

「また連絡しますね」と言って連絡しないのと、はっきり「無理」と言うのでは、どちらが親切であろうか。

仕事なら、返事がないまま宙ぶらりんは非常に困る案件。はっきりしてくれたほうがありがたい。

でも、ふつうの人間関係では、ストレートに言わないのがやさしさかなぁ。行動から「お察しください」と。ただこれは、通じない場合もあるのが難。

「単に忙しくて、まだ連絡がきてないだけじゃない?」とか。自分に都合よく考えちゃう、気持ちに合うことだけ釣り上げる、生命の木の9-8-7あたりが思い出されますが、

想像力を広げるなら「自分がその人の立場だったら?」にも向かいたいですねぇ。

生命の木

 

昨日はバレエをみてきました。演目は「イノセント・グレー」、エレファント・マンの女性バージョンです。

美や光や愛を表す白の女神たちと、黒をまとったダークサイドとの対比が美しかったのですが、タイトルは両方が混じりあうグレー。

人生には光ばかりじゃない、苦悩も悲しみも受け入れるのが「人間らしさ」だと。だからグレーなんですね。

生命の木も「バランス」、光と闇の間も「バランス」、ニュートラルは目標だけどむずかしいですねー。

ちなみに物語の舞台は、19世紀末のイギリス。というと黄金の夜明け団と同時代、ウェイト氏もこういう服装してたのかな?

 




はじめてお会いする方には、今もたまに聞かれます

「え?占いやってないの?」

占い教室をやってるのに占いをやってない…やっぱりおかしいかな。同じようなことをされている他の方々は、人気占い師さんばかりとお聞きしますし。占い界と無縁の一般人がやってるのは異質かもしれないですね。

教室をする機会に恵まれたのは、ほんとにたまたまなんです(いきさつ

運命の輪ですわ。

運命の輪

ごくたまに、プロフィールをご覧いただいて「カラーやってるのね、どこで?」と声をかけていただくこともあります。

これも何てお話していいか…自分のお店はないんですよね。占いのように、お店に所属したり電話やチャットでするというシステムもありません。

じゃ、どこで?というと、野良セラピストっていったらいいんでしょうか、呼んでもらえるところに出向いております。

企業のイベントやパーティのアトラクションにとか、ここ数年は「色と健康」のセミナーご依頼も増えました。世の中的に、身体も心もトータルにケアしていこうという流れができてきて、色彩療法にも光が当たりつつあるのかも。

あとはセラピストになりたい方にお教えするとか。←今日はこれ。

……長々としょーもない自分語り、失礼しました。

 

新しい週のスタート、皆さま、あったかくしてお元気でお過ごしください!




意味かー

「ブログを書いてて、どう?意味ある?」

うっ、答えに詰まる…。どうなんだろう。考えちゃいますね。

このブログは、講座案内の補足のつもりです。オフィシャルの案内文には書かれてないこと――たとえば皆さんからいただく質問や、前に同講座を受けたときの感想など――内容のイメージにつながれば。

講座タイトルと日時だけの告知じゃつまらないかなーと思うのもあって、私なりに書いているのですが、スタンプやInstagramなど、ぱっと目に入るビジュアル全盛の今。文ではダメか。

ただ、このブログにアクセスしてくださる方の半分は、検索でいらしてるんですよね。皆さんが知りたいこととマッチしてる記事があるとしたら、多少は意味があるのかなぁ。

意味を考えると虚しみが強まりますな。

 




“伝える”を考える

地元の大学の公開シンポジウム

経済、教育、テキスタイルデザイン、専門分野が違う先生たちが、いろんな角度から「伝える」「教える」を語ってくれるもの。

印象に残ったのは、「伝えたいコト」と「学びたいコト」にギャップがあるという話。

教えるほうは、業務にすぐ役立つ知識・スキルを教えたい、でも学ぶ側は、そこに限らずどこに行っても通用する知識・スキルが知りたい、とか。

占いの勉強だったら、タロットの意味やホロスコープの解釈の仕方などは、占いの世界に限られたもの。その奥にある思想、歴史、世界観は、占いを超えて汎用的に使えるもの。

占いの場合は、前者のほうがニーズが高いようにも見えますが、皆さんはいかがでしょうか。

「対話の壁」もおもしろかったです。「これこそが良きもの」と信じる人には、それを崩すような話は受け入れられないんですね。エビデンスを示してさえ。

そんな高い壁を超えるにはどうしたらいいんでしょう。難しいですねぇ。